主催者インタビュー

Screening Producer
Special Interview

地域の介護事業所として、
認知症を考えるきっかけを作りたかった

黒松 慶樹(島根県出雲市)
小規模多機能型居宅介護
セカンド・サロンえるだー管理者

「本人主体の当たり前ケア」を行動理念に掲げる島根県出雲市の介護事業所「セカンド・サロンえるだー」管理者・黒松慶樹さんに、地域に暮らす人たちに映画を届ける意義を伺いました。

※特別インタビューPDF版はこちらからご覧いただけます。

認知症とは何かを考えるきっかけの一つにしていただければ

上映会を開催しようと思われた理由を教えてください。

丹野さん(※オレンジ・ランプの主人公のモデルであり、認知症の普及啓発のため全国で講演等を行っている若年性認知症の当事者)とは6~7年前から親交がありました。丹野さんの実話を基にした映画ができると伺ったのでサポーターに立候補し、上映会を開催する運びとなりました。今回は、昨年から親交のある山中しのぶさん(※自らの経験を基に介護施設の運営等に取り組んでいる若年性認知症の当事者)と丹野さんのトークセッションを聞いてみたいと思い、上映会と同時開催することにしました。

オレンジ・ランプは出雲の映画館での上映期間が短く、周囲から「ぜひ上映会を開催してほしい」と声が上がっていました。見逃した人も含めて映画を広く観てもらえる機会を作るのは、地域密着型の介護事業所としては必要なことだと思いました。認知症とは何かを考えるきっかけの一つにしていただければ、という想いです。

上映会開催に向けてどのように準備をされましたか?

告知には介護保険サービス事業者のメーリングリストを用いました。また、民生委員児童委員協議会にチラシの配布依頼をしてみたところ、積極的に協力してくださる民生委員の方が多く、うれしかったです。
問い合わせ窓口を事業所(えるだー)にしていたため、映画の宣伝が広がるとともに事業所の認知度も向上し、色々な方に「えるだー」を知っていただく機会にもなりました。

介護に関わる人たちにとって、何かの気付きにつながる

上映会を開催してみた感想を教えてください。

映画を通じて、当初の目的どおり、皆さんが認知症を考えるきっかけが一つできたと思います。当事者の考えや心情がわかりやすく表現されているので、介護職であれば日々のケアの中で「(認知症のご本人は)こんなことを考えているのかな」と想像したり、介護をされているご家族であれば、ご本人に対して少し優しくなれたり、何かの気付きにつながるのかな、と思います。

参加者の方の感想等で特に印象に残っていることはありますか?

上映後、泣いている方が結構いらっしゃったのですが、認知症当事者の写真が流れるエンドロールが好評でした。当事者と出会う機会があまりない一般の方にとって、メディアで流れる暗いイメージとは異なる笑顔の当事者の写真をたくさん見ることは、すごく良い経験になると思います。「あそこだけでも泣ける」という声も聞きました。

来場者から「印象に残った」という声が多かった劇中の台詞の一つに、「認知症って診断された日からすべて変わったんです」という主人公の言葉があります。認知症になって変わってしまうのは本人ではなく、周囲の目だということに気づかされます。
それから「私だってできることがある」という主人公の台詞。特に家族介護を経験されたことのある方々にとっては、認知症だったご家族のことを思い出して涙する、印象深い言葉になったようです。

上映会を通じて、地域の介護職同士のつながりはできましたか?

現在、コロナは5類になっていますが、介護業界はまだまだマスク必須で、横のつながりを作ることが難しい状況は続いています。ただ介護職は共通のテーマで仕事をしているため、映画等のメディアを通じて感想の共有を図ることはすごく大事なことだと思います。

上映会の開催にプラスワンの意味を持たせるのが大切

上映会の開催を検討している方にアドバイスがあれば教えてください。

映画を観て終わり、ではなく、プラスワンの意味を持たせるのがいいと思います。今回の上映会では、丹野さんと山中さんをお呼びし、認知症の当事者の方のお話を聞く機会を作りました。可能であれば、独自のアンケートを作ったり、関連するパネルを展示したりすることもいいと思います。来場者にもより楽しんでもらえますし、考えを深めてもらうきっかけにもなります。

資金については、立派なホールでなくてもコミュニティセンター等の公共施設を使用すると、会場使用料を比較的抑えやすくなります。スピーカーは施設のものを使うか、使用できない場合には個人で貸してくれる方を探してもいいと思います。お金については、100名はきっと参加者が来ますので、ペイできるものだと思って上映会を開催されていいと思います。
また、配給元のワンダー・ラボラトリーの皆さんから、上映までの流れ等含めとても分かりやすく教えていただきました。大きな組織でないと上映出来ない等はなく、上映申請から終了まで迷う事なく、一人でも大丈夫でした。

事業所のことについて少し伺います。黒松様が介護の仕事に携わるようになったきっかけを教えてください。

「えるだー」は母が設立した法人です。利用者の方が在宅で生活するためのサービスを展開していますが、認知症の方だけではなく、障がいを持つ方も受け入れ可としています。
介護保険サービスが始まった頃、重度の要介護者や障がい者の生活は施設入所を前提としていました。けれど、「家で暮らしたい」という気持ちは皆同じ。本人の願いを叶えてあげたい、という母の思いから事業が始まっています。

僕は、この事業が一代で潰れないよう、異業種から転職してきました。ただ最初は、利用者に対して画一的な対応しか行わない周囲の職員や性格に起因する自分自身の仕事ぶりにも納得がいかず、仕事のやりがいを見いだせずに悩んでいました。

最高の笑顔の後の、最悪の顔。若年性認知症当事者との出会いが僕を変えた

介護の仕事と真剣に向き合うようになったきっかけは?

ある若年性認知症の方との出会いです。入社して少し経った頃の僕は、その方の自尊心や感情を尊重するようなケアができておらず、例えば機嫌が良くないときには、理由を考えるのではなく関わりをなるべく避ける方を選んでしまっていました。
徐々にその方の症状が重くなり入院が必要になったとき、非常にお酒の好きな方だったので、在宅生活最後の日に一緒にお酒を飲みに行きました。すると彼から、「診断されてからずっと禁酒していたから嬉しいです。お酒を飲むのは数十年先の娘の結婚式だと思っていた。すごくおいしいね」と笑顔で言われたんです。

翌朝、その方を病院にお連れしたとき、「じゃあ、行くわ」と悟ったように自ら病棟に進んで行かれました。前日に最高の笑顔を見た直後だったからこそ、「関わり方が違えば、もっと長く家にいることができたかもしれない。もっとあの笑顔を見る事が出来たのかも知れない」と強く感じました。その後悔が、僕を認知症ケアに向かわせる原動力でした。

認知症という診断が出たときに大切なのは、周囲が本人のパーソナルな部分を見続けること

今は利用者の方と日々接する中で、どんなことを大事にしていらっしゃいますか?

若年性認知症の方とのお別れがあったあと、勉強を始めました。あおいけあ(※映画「ケアニン」のモデル施設であり、ドキュメンタリー映画「僕とケアニンとおばあちゃんたちと。」の舞台にもなっている、神奈川県藤沢市にある介護施設)代表の加藤忠相さんに強い感銘を受け、事業所の職員に目指したいケアの形を提案するようになっていきました。

今は、当たり前の話ですが、利用者本人の意思を尊重することを一番大事にしています。もし認知症の方が通所中に「帰りたい」と言ったら、なぜそう言うのかを考えるようにしています。ご自宅・地域で生きていくためにご本人が必要としているサービスを提供することを心がけ、サービスを提供すること自体が目的にならないように気を付けています。

劇中の「認知症って診断された日から、すべて変わったんです」という台詞に引き付けて考えると、本人自身は昨日と何も変わりません。認知症という診断が出たとき、変わる必要があるのは周囲の人の目だと僕は思っています。「認知症の人」として見るよりも、好きなもの・嫌いなもの、音楽は何が好きか、食べ物は何が好きか、どのアイドルが好きだったか、といった本人のパーソナルな部分を周囲が見続け、気にかけていくことを大事にしよう、といつも言っています。
僕が入社した頃に在籍していた職員は「ついていけない」とほとんど辞めてしましましたが、同時に入ってきてくれる職員がいました。今いてくれているスタッフは、目標を共有できる仲間です。

※上記インタビューは2024年5月に実施しました。
黒松 慶樹(くろまつ けいじゅ)さん:島根県出雲市
島根県出雲市出身。公益財団法人の勤務を経て、母の黒松基子さん(法人代表取締役であり、認知症の人と家族の会島根県支部世話人代表等を務める)が運営する出雲市の介護施設に未経験で平成28年に転職。現在は小規模多機能型居宅介護「セカンド・サロンえるだー」の管理者として、認知症サポーターキャラバンメイトとして、利用者が地域で暮らし続けるためのケアサービスの実践に日々励んでいる。